往来を歩いていると、顔なじみの関取を見かける
お?ありゃあ、稲荷山部屋の玉双関じゃねえか。オーウ、関取ィ!
お、これはこれは、誰かと思えば 棟梁さんではありませんか。いつも贔屓にしてくださって、ごっつぁんです。
いやあ、久しぶりじゃねえか。
長いこと見なかったけど、どうしてたんだい?
はい。親方と一緒に 上方のほうへ行っておりまして。先日、江戸へ戻ってまいりました。
上方?ああ!そういや大阪で 本場所やってたんだっけか!え!それじゃ お前さん、本場所で 相撲とってきたのかい!?
はい。お陰様で。
そうかい!すげえじゃねえか、本場所の土俵に上がるなんてよォ!
ごっつぁんです。自分のような若輩者が 本場所の土を踏むなど 恐れ多いことですが、親方衆・ご贔屓衆の お情けをもちまして、十日間 土俵に 上げてもらうことができました。
お前さんはエライねえ。俺は お前さんの そういう謙虚な所が好きなんだ。「親方衆・ご贔屓衆の お情けをもちまして」なんてなかなか言えるもんじゃねえよ。きちんと 立てる所を立てる。いい心がけじゃねえか。ますます贔屓にしたくなったぜ。
ごっつぁんです。
で?勝ち負けはどうだったんだい?
はい。無我夢中で 取ってきましたが、勝ったり負けたりでした。
エライ!何がエライって、お前さんの その正直な所さ。百何十里も離れた 遠い上方の話だよ?デタラメ言ったって こっちは分からねえんだ。全部勝ちましたって言われりゃあ、こっちはおめでとう!ってんで 祝儀の1つも渡すところだよ?それを 見栄なんぞ張らずに 勝ったり負けたりとは、正直でいいじゃねえか。ますます気に入ったぜ。
ごっつぁんです。
オウ、その 勝ったり負けたりをよ、詳くわしく聞かせてくれよ。初日はどうだったんだい?
はい。なにしろ本場所の土つちを踏ふむことなんて滅多にありませんから、もう無我夢中で。軍配が返えると同時に 頭から思いっきり突っ込んでいったんですが、はたき込みで負けました。
負けちゃったのか……。まぁしょうがねえよ。まだ初日、固さが取れてなかっただけだ。気にしちゃ いけねえよ。二日目はどうだった?
はい。今日こそは負けられん、親方衆・ご贔屓衆のお情けに対して申し訳が立たん。相手のマワシを取って 得意の右差し。頭を付けて グッグッグッグッと、土俵際まで寄って行きました。
いいねえ いいねえ。寄り切りで勝ったんだな!
うっちゃりで負けました。
ええ……うっちゃられたのかよ……。まあまあまあ、気にしちゃいけねえよ、そういうことも あらぁ。”場所負け”ってヤツだ。ここから調子 上げてきゃ いいんだよ。三日目はどうだった?
はい。今日こそは負けられん、親方衆・ご贔屓衆のお情けに対して申し訳が立たん。得意の右差から 頭を付けて 勢よく土俵際まで寄って行きました。
大丈夫か?また うっちゃられたんじゃ ねえだろうな?
いえ、うっちゃる暇も与えまいと、一気に攻めましたので。
いいねえ!じゃ今度こそ、寄り切りで勝ったんだな!
寄り切きったと思った瞬間、勢い余って 右足が土俵の外に出てしまい勇み足で負けてしまいました。
何やってんだよ……。また負けちゃったのかよ……。四日目はどうだった?
はい。今日こそは負けられん、親方衆・ご贔屓衆…
いや それ もういいよ。相撲の中身だけ、手短に話してくれよ。
はい。得意の張り手を お見舞いしてやろうと思いまして。
張り手!いいねえ!こちとら江戸っ子だ。張り手なんざ 威勢が良くて大好きだ!また力士の あのデカい手から繰り出される 張り手ってのは、ものすごい威力だって言うじゃねぇか!
はい。頬に手の跡が 赤く残りますし、張り手一発で 頭がグラグラと揺れて 気を失うこともあります。
ええ~ホントかい!いやぁ信じられねえなあ!あんな図体のデカい相撲取りが、一発で気絶しちまうってのか!?
はい。その証拠に、自分も、気付いたら 支度部屋の布団に寝かされてました。
―― え??え、なに?もしかして ―― 、四日目の相撲の話 ―― ??
はい。
ちょっと待てよ!お前さんが 張り手をお見舞したんじゃなかったのかよ!
はい。得意の張り手を お見舞いしようと、軍配が返えると同時に相手の顔面めがけて 右手を突き出したところまでは覚えてるんですが ――
そっから記憶ないの?で、目が覚めたら 支度部屋の布団?
はい。後から聞いたところによると、こっちの張り手をサッとかわした相手が 逆に張り手を繰くり出してきて、それを まともに喰らった自分は、一発で 仰向に伸びてしまったんだそうで。
なんだよ だらしねえなぁ……。四日目も負けたんじゃねえか……。じゃ中日!五日目はどうだったんだ!?
はい。中日の相手というのが、前日の相撲でケガをしておりまして。
ケガ?
はい。左の足首を骨折したらしく、包帯をグルグル巻きにして、たいそう痛々しい姿でした。
そんな状態で土俵上がんのかよ……。休みゃ いいじゃねえか……。
はい。自分も 相手が気の毒で 気が進まなかったのですが、どんな相手にも誠心誠意ぶつかるのが 真の相撲道だと思い直し、正々堂々と勝負することにしました。
まあ、勝負の世界だからな。相手だって それを承知で 土俵に上がってんだ。で、どうなった?
はい。軍配が返えると同時に、包帯が巻かれた足首めがけて思いっきり けたぐり・・・・をお見舞いしました。
おいおいおいおい!オメエ ひでえ奴だな!何が正々堂々だよ……。相手 骨折してんだろ?わざわざ そこ狙わなくたって、普通の組み相撲で勝てそうなもんじゃねえか……。折れた足 蹴けられたんじゃ、相手、さぞ痛かったろうなぁ。
はい。苦痛に顔を歪め、額には脂汗。
ほらみろ かわいそうに……。
で、どうなった?
はい。まだ しぶとく立ってますんで、
とどめとばかりに 足首めがけて もう1発 蹴りを……
おいおい!もう勘弁してやれよ!ん~、まぁ でも 勝負の世界は非情って言うしな……。敵の弱点を徹底して突くってのも ひとつの戦術か……。まぁいいや、中身はともかく、ようやく中日で初勝利ってわけか。
いえ、とどめの蹴りを喰らわせようとしたところ、相手がサッと 避けまして。そのせいで転んで負けました。
え!?負けたの!?
はい。まったく卑怯な相手で。
卑怯なのはオメエだろ!なんだよ、ケガした奴にも勝てなかったのかよ、情けねえなぁ……六日目はどうなった?
はい。その日の相手というのが、元銀行員という変わり種で。
元銀行員の力士?まぁ智ノ花って力士も 元は教師だったし、銀行員が力士になっても不思議じゃねえか……。で、どうだった?
はい。銀行員だけに、引き落としで負けました。
何うまいこと言ってんだよ。また負けてんじゃねえかよ。七日目は?
はい。その日の相手というのが、元居酒屋の店員という変わり種で。
また変かわり種だねかよ。で、どうだった?
はい。居酒屋だけに、つきだしで負けました。
いいんだよ うまいことは!八日目は!
はい。その日の相手というのが、元野球選手という変わり種で。
元野球選手?
はい。ピッチャーをやってたそうですが、コントロールが悪くて フォアボールばかり出してしまうので、野球には見切りをつけて、力士になったそうで。
へえ。なんかオチが読めた気もするけど……。どうだったんだ?
はい。押し出しで負けました。
やっぱりな!そうだろうと思ったよ!九日目は!
はい。その日の相手というのが、上方相撲界きってのプレイボーイ、性欲も旺盛な肉食系力士で。
なんだよそれ、どんな相撲取りだよ。で、どうだったんだ?
はい。気づいたら押し倒されてました。
やかましいわ!おめえ力士だよな?噺家じゃねえよな?何なんだよ この大喜利みてえなのは! もういいよ!十日目!千秋楽はどうだったんだよ!
はい。ついでに負けました
ついでって何だよ!ついでに負けてんじゃねえよ!なんだよ、結局 全部 負けてんじゃねえか! オウ、おめえ最初に何て言ったよ!「勝ったり負けたり」、そう言ったよな!それが今こうやって聞いてみりゃ どうだ、十日間負けっぱなしじゃねえか!どういうことだ!
はい。ですから、むこうが勝ったり こっちが負けたり。勝ったり 負けたり。
なんだそりゃ!おめえ力士じゃなくて ペテン師だよ それじゃ。なんだよ、ちったぁ活躍したかと思ってたのに……。それじゃ 何か、おめえ 負けっぱなしで ノコノコ帰って来たってのか?
いえ、この後、京のほうへ花相撲に参りまして。お陰様で、こちらでは土つかずでした。
土つかず!?ホントかよ!?
はい。
オイオイすげえじゃねえか!いや~、おめえは話上手だねえ。先に悪い話をしておいて、後から いい話をする。そうすりゃ いい話がグッと引き立って、聞いてるほうも気分が良くなるってもんだ。オウ、土つかずってことは、全勝なんだな!
いえ、風邪をひいて、全日程 宿で寝ておりました。
なんだよ!土俵に上がってもねえのかよ
はい。ですから土つかずで。
うるせえよ!不戦敗じゃねえかよ!なんだよ、結局1つも勝ってねえじゃねえかよ……。 オウ、おめえ 自分で情けねえと思わねえのか?よく そんなんで 相撲取なんか やってるな。
はい。こんな自分が つくづくイヤになりまして、上方からの帰り、親方に、相撲を辞めて故郷に帰りたいと 申し出まして。
え!?そうだったのか!?
はい。そうしましたら親方は、辞めるな と言って 引き留めてくれました。
引き留めた!?オエメを!?へえ~~ すごい親方だねぇ。俺だったら絶対 引き留めねえよ。 オウ お前さんよぉ、ありがたく思わなくちゃいけねえよ?そんだけ負けっぱなしの お前さんを引き留めるってのは、なんか見所があると思ってくれてる証拠じゃねえか。
はい。まことに ありがたいことで。安易に辞めると言った自分を 親方はこんこんと叱ってくださいまして。おかげで、自分が 親方から どれだけ重宝されているか、身に染みて分かりました。
へえ~~、何て言って叱ってくれたんだい?
親方は おっしゃいました。「馬鹿野郎。辞めるなんて言うんじゃない。お前が辞めてしまったら、明日から誰が ちゃんこを作るんだ」
オイオイオイオイ。そりゃオメエ、ちゃんこ番として重宝されてるだけじゃねえか……。 なんだよもう……力士として重宝されなきゃダメだろ……。あのなぁ、相撲続けるのは いいと思うし、俺も応援するけどよ、オメエ もうちょっと どうにかしねえと いけねえぞ?
はい。自分でも このままじゃ いけないと思いまして、来場所から 心機一転、四股名を変えて頑張りたいと思います。
四股名を?なるほど、そりゃいいかもしれねえな。昔から 四股名を変えて強くなった力士は いっぱい いるんだ。何て名前にするんだい?
はい。大安売りと改めます。
大安売り!?また妙な名前だなぁオイ。全然 力士らしくねえじゃねえか。なんでまた 大安売り なんて名前にするんだ?
はい。こうなったら 誰にでも どんどん まけてやります
おしまい。
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